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 その1:イントロ
 その2:リスボン−エヴォラ−モンサラーシュ−エルヴァス−メリダ
 その3:カセレス−マルヴァオン−モンサント−シウダードロドリゴ−サラマンカ
 その4:フエンテロブレ−ビセウ−コインブラ−バターリャ−アルコバサ−ナザレ
 その5:オビドス−シントラ−ロカ岬−リスボン
 ポルトガル生活情報

第17日目 4月22 日(木)

朝、宿を引き払って、4日前に返した裏のEurop Car Downtown Office へ。 3日間借りるが今回はルノーTwingo
可愛らしいタコメータも着いた若者向けデザインの車だ。

返車時に燃費を計算してみたら 21.6km/Lも出た。






   

ベージャ Beja

紀元前のローマ時代に造られた城塞都市。城の保存状 態が比較的良い。
「ポルトガル尼僧の手紙」で 有名な修道院がある町でもある。

  




セルパ Serpa

特に名所マークは無かったが、町の入口から見るとお花畑の向こうに城壁に囲まれた立派なお城が聳え、中々良さそうな町である。
あまり期待しないで行ってみると、お城、城壁、水道橋と見所いっぱいで保存状態も良い。

村の入口から 水道橋 マルiのある広場 城壁


   


ピーアス Pias
booking.comの登録写真の中にお花畑の 写真があり、付近にあるのだろうと、このホテルを選んだ。
上の写真の通り、村へ至る街道は花が満開状態。赤い花はアマポーラ。

今晩のメニュー
宿のおかみさんが予めレストラン(O ADRO)から メニューを借りてきて、説明してくれた。お奨めのブタの肩肉(2人で一皿で良いとのアドバイス)と、付け合せのポテトはゆでたもの、そしてグリーンサラダを チョイス。それをおばさんがポルトガル語の手紙にしてくれた。
お陰で、おいしい食事ができた。



夕食も終わり、宿の前の広場のベンチに座って虫の声 を聞きながら夜のしじまを楽しんでいたら、宿のお父さんが来て、食後にシェリー酒はどうか?と誘ってっくれた。オビドスの項で紹介したジンジャと呼ばれる甘いお酒と緑色のペパーミント味のものも振舞ってくれた。
同宿のファロから来た人を交えてお酒を飲みながら雑談に花を咲かせた。日本 にもポルトガル語が入っている・・との話の中で、合羽もポルトガル語なことを知った。逆にボンザイ(盆栽)やビヨンボ(屏風)など日本語がポルトガル語のなっているも のもあるらしい。


今夜の宿
Albergaria Be'tica
Rua Do Outeiro, 7830-241 Pias - Serpa (Baixo Alentejo)  
55euro/部屋 WIFI無料
 ビュッフェ朝食付き


第18日目 4月23日(金)
モウラ Moura
地図に名所マークがあったので立ち寄った。なるほど城跡が残っており、現 在復元中だが、規模は小さい。マークが付くほどの町ではない。




昨夜のバーの雑談で知った ヴィディゲイラVidigueira と クーバCuba に寄って見る。


ヴィディゲイラ Vidigueira

当初、バスコ・ダ・ガマの遺体はこの町の聖レリキア教会 に埋葬された。その後、棺はリスボンに移され、今はジェロニモス修道院に安置されている・・・はずだが、ヴィディゲイラの人は、それは別人のもので、今で もこの町にあると主張する。町には現代的なものながらガマの銅像がちゃんとある。



クーバ Cuba
コロンブスは、イタリア人ともス ペイン人ともいわれ、その出生は謎とされていた。そし て没後500年にあたる2006年に「コロンブスはポルトガル人だった」とする新説がマヌエル・ルシアーノ・ダ・シルヴァという歴史研究者によって発表さ れた。コロンブスはここクーバの出身で、発見した島にキューバと名付け たのも生れ故郷の町の名前をつけたのだ・・らしい。町には本当にコロンブス(ポルトガル読みでコロン)の銅像が建っていた。このへんのことは 2010年 に封切られた映画「コロンブス永遠の海」に詳しい。
 

花 畑
遠くから見たときに丘の斜面が青く染まっている。寄道してみた。
やはりアレンテージョの春は百花繚乱。
 

この青い花のアップは・・・
←エキウム(車前紫)?

セトゥーバル Setubal
リスボン近郊の有名な漁港。イワシ食べたさに敢え てここに宿泊した。夜宿から港まで歩き、庶民的な魚料理の店が並ぶ裏道を見つけ、その内の1軒に入る。
ここのイワシは日本のマイワシと似て小さめ であった。その代わり皿には10匹載っている(6euro)。今日は一人一皿頼んだが、それでも食い足りない。


 

今夜の宿

Novotel Setubal ***
E. N 10 - Monte Belo, 2910-509 Setubal
70euro/部屋  WIFI無料
 朝食なし

第19日目 4月24日(土)
セ トゥーバルのモールを見た後、10号線を経てA2へ。4月25日橋はリスボンへ入る方向のみ有料。12時半頃返した。借り出したのが10時だったから厳密 には3日目に入っているが、2日分で良いとの事。顔も覚えられ、もう上得意になったから?


第20〜22日目 4月25日(日)〜28日(火)

マドリッド空港
アイスランドの火山噴火による欠航で西回りで帰国せざるを得なくなった。
4/25 12:10のイベリア 航空でマドリッドまで移動。マドリッドのバハラス空港近くのBestwesternに泊まる。バハラス自身は昔からあった村らしいが、空港建設で人口も一 気に増え、物価も高い。



ニューヨーク
Green Acress Mall
4/26 10:10のデルタ航空の便でニューヨークへ。8時間後にケネディ空港に到着。車輪が地 面に着いて滑走路を滑走中、馬の走る音が機内放送で流れた。速度が落ちるのに合わせて段々並足になって、最後に首すじをポンポンと叩いて「OK, Good boy」と言う声が流れ、皆ゲラゲラ大笑い。いかにもアメリカらしい遊び心だ。シャトルサービスがある空港そばのComfortInnに投宿。まだ3時、 初めてのニューヨークで泊まっただけは無いだろう。さりとて危険と言われている地下鉄でタイムズスクエアに行く勇気も無い。タクシーで5km先の Green Acress Mall にショッピングに行ってみる。典型的な田舎のモールで、売っているものもダサい。ここって本当にあのニューヨーク?

空港のトラベレックス: 109.3円/ドル ホテル代のカード請求レートが95.2だったからめちゃ割高。

4/27 9:50のJAL015便で東京へ。14時間のフライト。アリューシャン列島に入ってからが長〜 い!4月28日12時15分に着陸。

まあ、今になってみれば大西洋を横断した日本人は少ないだろう・・と良い経験だった。
 
ブラジル移民
JL015便はサンパウロ−東京 直行便(JALの経営危機で残念ながら同年10月に廃止)
機内には日系一世らしきお年寄りが目立つ。日本の陸地が見えると食い入るように窓の外を見つめる。そのしわしわの横顔に我々まで目頭が熱くなる。
先日、JALのキャビンアテンダントの手記を読んだ。
JALスタッフのJL015への思い入れも強く、いつもこの便に乗務するときは全員気合が入るそうだ。
そしてJL015便の復活は職員全員の願いだとか。

 その1:イントロ
 その2:リスボン−エヴォラ−モンサラーシュ−エルヴァス−メリダ
 その3:カセレス−マルヴァオン−モンサント−シウダードロドリゴ−サラマンカ
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 その5:オビドス−シントラ−ロカ岬−リスボン
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